目次
P7で次々にヒット商品が!
この「商品企画システム化への道」シリーズでこれまで、小林記録紙の「ポストdeシール」、リコーの「複写機imagio MF-200」、パイオニアの「ミニコンポステレオMDX-707」、ブラザー工業の「家庭用FAX」についてお話ししました。その中で前回は2つ、リコーの「複写機imagio MF-200」、パイオニアの「ミニコンポステレオMDX-707」を具体的に書きました。今回は前回からつづきとして3つ目の事例、大ヒットした日産の新型RV車「X-TRAIL」についてです。
ヒット商品の舞台裏(3)日産自動車 X-TRAIL
2000年10月19日。日産自動車のSUV・X-TRAILが遂に世に出た、記念すべき日です。
この日に日産は大いなる復活への扉を開けたのです。
以来20年、若者のみならずアクティブなシニア層に至るまで愛され続けたロングセラーとなりました。
※本事例の詳細は神田編著「顧客価値創造ハンドブック」(日科技連出版)をご覧下さい。
1997年、P7テキスト「商品企画七つ道具~新商品開発のためのツール集~」発刊から2年後、日産自動車の開発拠点、日産テクニカルセンター(神奈川県厚木市)に出向くことになりました。以前トヨタ自動車やトヨタグループ各社に品質管理の統計的手法(多変量解析など)を教えに行っていた関連で、自動車関係各分野のデータ解析の経験があり、また「商品企画七つ道具」の実績もポツポツと出始めていたため、招かれたようです。今から23年も前のことです。
当時の日産自動車は不振のどん底にあり、巨額債務を抱えて95年3月には神奈川県の座間工場を閉鎖し、大リストラの嵐が吹き荒れていました。この原因は前回のパイオニアのオーディオ部門と全く同じで、
買いたい(魅力的)商品がない⇒売上げ不振⇒開発予算・人員縮小⇒魅力に乏しい商品⇒・・・
という負のサイクルに落ち込んでいたからです。巨大会社にありがちな組織と人の問題も内在したと思いますが、何よりも商品企画力の不足は目に見えていました。そうかといって、私がそのような日産を救えるのでしょうか?まだ十分な経験もない私にとって、この要塞のような巨大開発センターは身震いするような場所でした。
まず最初に実施したのは企画・開発スタッフの方々への3日間連続の徹底的な商品企画セミナーです。私が確信するシステマティックな方法論を皆さんに理解していただく、そういうつもりで始めました。危機意識のせいか、さすがに誰もが熱心に聴講されました。特に市場調査と分析に悩む方が多かったようで、P7の分析手法や多変量解析の手法には大きな関心が集まりました。
例えば下図は多数の項目の接近関係をマップ状に表示する手法「数量化Ⅲ類」ですが、大きなアンケート調査を行った後、項目同士の関係を見抜くのに適しています。今までのような調査会社任せのレポートではわからない、「互いの関係」が良く認識できます。
この3日間セミナーの終了後、月1~2回くらいのペースで商品企画の研究会を開催し、新型RV車(後のX-TRAIL)、他の乗用車などについて検討しました。前半の時間は色々な車種について、企画の進め方、市場調査の具体的方法、分析手法、改良効果の測定など次々に相談が持ち込まれました。後半の時間を使って、RV車のメンバーと打合せを行いました。若い男性が買いやすい価格帯で、バリバリ使えるスポーツ系RV車(SUV)が日産にはないということから新型SUVを目標にしました。彼らの従来のやり方を調べて、私が最初に問題としたのは、
- 良いアイデア・仮説が乏しい
- 検証・分析は従来のアンケート調査での方法では不十分
- デザイン部門との擦り合わせをもっと密にすべき
であったと思います。特に「1」です。従来の方式ではなかなか「なるほど!」というような画期的アイデアが出ないため、お勧めしたのはリアルな現地調査の方式です。対象が若い男性で、主に使うのが野外でのアクティビティですから、こちらからレジャーの現場に出向いて、そこでRV車がどのように使われているか、どんな不満や問題があるかを生々しい声を収集するのです。
従来の調査方式では
- 都内会場での一般的グループインタビュー
- テクニカルセンターにユーザーを集めて何台か実車を評価してもらい、その後1対1でインタビューする方式
- 調査会社経由での日産車購入者へのアンケート調査
などを実施していましたが、いずれも若者の意識や実態に即したGOODアイデアを抽出するには難しいと考えました。
各部門に協力を要請してタスクチームを作ってもらい、スキー・スノーボード、マウンテンバイク、キャンプなどを楽しむレジャー施設から、果てはテーマパークや大型ショッピングセンター、高速道のパーキングエリアなどの駐車場に出向いては(日産とは告げずに)多数のRV車ユーザーに直撃インタビューをし、映像でも記録していただきました。この活動により多大な情報を獲得し、しかもスタッフ同士の横の連携が深まって、共通認識に向かいやすくなりました。
長期間に及ぶインタビューで、従来のやり方ではわからなかったポイントが次々に判明して来ました。想像を超える収穫と言ってよいでしょう。
- 若者は4人の仲間で動くことが基本である。4人が快適に過ごせて、大きな荷物がタップリ積めるゆとりある空間が絶対に必要。
- 道具としての使いやすさ感が重要。旧世代のように見せびらかしたり、デートのために使う感覚は、全くない。
- 外見も派手な格好良さよりもシンプルで使い勝手が良いことをイメージできるようにして欲しい。(猛烈な競争を生き抜いた団塊世代とは異なり(笑)少子化の今は)仲間が自分をどう評価するかの方が大切。といっても、質が悪いものは使いたくない。
その後、多数の仮説案を基にユーザーへのアンケート調査、ポジショニング分析、そしてコンジョイント分析へと進み、下図のような商品コンセプトが決定しました。相反する困難な課題が多数ありましたが、膨大な検証データの積み重ねが開発担当者を突き動かし、すべてを解決するに至りました。
若者のニーズ「使い勝手の良さ」を最も象徴的に示す仕様は「洗える荷室」です。荷室のボードを外してジャブジャブ洗えるため、雪や泥で汚れた荷物を積んでも気にならないのです。シートもすべて防水仕様にして、雪まみれのスノーボードを荷室に突っ込み、濡れたままの服で帰れる、こんな乱暴な使い方にも見事に対応しました。
1999年3月、日産とルノーが提携を結び、プロジェクトは一時中断しましたが、幸いここまでの努力の成果が十分に認められ、新生日産の第1号車として開発が急ピッチで進行し、翌年10月に発表され、文字通りの大ヒット商品となりました。
X-TRAILのネーミングについて
余談ですが、X-TRAILは未知なるもの(X)への追跡・追求(TRAIL)の意味で、多数のネーミング案に対する大学生へのイメージアンケートの解析結果から決定したもので、最後までシステマティックな方法が活用されたことを申し添えておきます。私も長い間自ら愛用し、街のあちこちでX-TRAILに出会うのは至福のひとときでした。X-TRAIL 20年目の今、最新機能を搭載したやや小型な車「KICKS」に乗り換えますが、愛着に変わりはありません。
商品企画システム化への道シリーズ
(1)昔は「商品企画」≒「企画書」だった?
(2)ついにP7公表へ
(3)初めての産学協同研究
(4)P7で次々にヒット商品が誕生!「リコー・複写機」「パイオニア・ミニコンポステレオ」
(5)P7でヒット商品が誕生!「日産自動車・X-TRAIL」
(6)P7-2000とPLANPARTNERの発表
(7)2つの研究会でP7活用の拡大
(8)Neo P7とP7かんたんプランナーの発表
(9)P7事例集と新版・簡単プランナーの制作
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神田範明
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